道草手帖

好きなものや日々の出来事をのんびりと綴っていきたいと思います

スポンサーサイト  

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

category: スポンサー広告

tb: --   cm: --

この世でいちばん難しいのは…  

100831dieGasse


街にかくされた、みえないあみだ籤の折り目を
するするとひろげてゆくように、曲がり角を
いくつも曲がって、どこかへゆくためにでなく、
歩くことをたのしむために街を歩く。
とても簡単なことだ。
とても簡単なようなのだが、そうだろうか。
どこかへ何かをしにゆくことはできでも、
歩くことをたのしむために歩くこと。
それがなかなかにできない。
この世でいちばん難しいのは、いちばん簡単なこと。

                    長田弘「散歩」より



いつの頃からでしょうか。

出かけるのに何か目的を
必要とするようになったのは。

時間や天気や気持ちなど
色々なものでしばられるように
なってからでしょうか。

通りをまるで踊るように歩く
小さな子の姿を見かけるたびに
そんなことを思います。
スポンサーサイト

category: 言葉

thread: 今日の言葉 - janre: 日記

tb: 0   cm: 4

選ぶことと決めること。  

100828dieSchaukel


きみが生れてはじめてぶつかった難題。
きみが一人の男の子として、はじめて
自分で決めなければならなかったこと。
それは、きみが一人で、
ちゃんとおしっこにゆくということだった。
おしっこがしたいかしたくないか、
誰かにそれを決めてもらうことはできない。
我慢するかしないか、ほかのひとに代わって
我慢してもらうことはできない。
きみは決心する。
一人でちゃんとおしっこをする。

つまり、きみのことは、きみが決めなければ
ならないのだった。
きみのほかには、きみなんて人間はどこにも
いない。
きみは何が好きで、何がきらいか。
きみは何をしないで、何をするのか。
どんな人間になってゆくのか。
そういうきみについてのことが、何もかも
決まっているみたいにみえて、ほんとうは
何一つ決められてもいなかったのだ。

そうしてきみは、きみについてのぜんぶの
ことを自分で決めなくちゃならなくなっていっ
たのだった。
つまり、ほかの誰にも代わってもらえない
一人の自分に、きみはなっていった。
きみはほかの誰にもならなかった。
好きだろうがきらいだろうが、
きみという一人の人間にしかなれなかった。

長田弘『深呼吸の必要』より



ここ数日は様々なことで
頭がいっぱいでした。

「私はどうしたいのだろう?」
と自問自答の日々。

でも、考えても考えても
答えが出ないもどかしさ。

選ぶことと決めること。

生きているうちは
決して避けられないこと
なのでしょうね。

category: 言葉

thread: 今日の言葉 - janre: 日記

tb: 0   cm: 0

水のカーテン  

100827derSpringbrunnen

暑いと人は水を求めるのでしょうか?
最近無性に水辺へ行きたくなります。

この場所もそのひとつ。

まるで水のカーテンのようで、
近くにいると涼しくてとても快適です。


余談…

夢中で写真を撮っていると、
年配の男性に声を掛けられました。

どうもカメラが気になられた様子。

おもちゃのようなカメラなのに、
「いいカメラですね~」などと言われ、
返答に困ったけれど、楽しいひととき。

category: 雑記

thread: のんびり生活 - janre: ライフ

tb: 0   cm: 2

足もとの小さな世界  

100826derKlee

かんかん照りだと思ったら
急に雨がザーッと降ったり、

最近のお天気は不思議です。

かがんで真横から眺めると
草の表情もいつもとは違う。

少し前に観た映画、
「借りぐらしのアリエッティ」
を思い出していました。

見方を少し変えるだけで
世界はずいぶん違うものになる。

足もとの小さな世界。
想像するだけでわくわくします。

category: 雑記

thread: ひとりごとのようなもの - janre: 日記

tb: 0   cm: 2

なくてはならないもの。  

100823dasSchiff


なくてはならないものなんてない。
いつもずっと、そう思ってきた。
所有できるものはいつか失われる。
なくてはならないものは、けっして
所有することのできないものだけなのだと。
日々の悦びをつくるのは、所有ではない。
草。水。土。雨。日の光。猫。
石。蛙。ユリ。空の青さ。道の遠く。
何一つ、わたしのものはない。
空気の澄みきった日の、午後の静けさ。
川面の輝き。葉の繁り。樹影。
夕方の雲。鳥の影。夕星(ゆうずつ)の瞬き。
特別なものなんてない。大切にしたい
(ありふれた)ものがあるだけだ。
素晴らしいものは、誰のものでもないものだ。

長田弘「なくてはならないもの」より



どれだけのモノを手に入れても
どれだけの美しい景色をみても
どれだけのやさしさを受けても

自分の心が動かなければ
単なる出来事で終わってしまう

大切なのは何を手に入れるかではなく
何を感じられるかなのかもしれません

category: 言葉

thread: 今日の言葉 - janre: 日記

tb: 0   cm: 2

夜の川辺のベンチにて。  

100822dieBank


月と星の美しい光
少し湿り気のある
涼しい夜気
蟋蟀の鳴き声
水の流れる音
時折魚の跳ねる音

いつもと同じような話。

でも

いつもより特別な時間。

category: 雑記

thread: ひとりごとのようなもの - janre: 日記

tb: 0   cm: 0

“何でも喜ぶゲーム”  

100821marigold


生きてるってことは―
自分の好きなことをするのが生きることです。


パレアナがみんなに広めた
“何でも喜ぶゲーム”を
やってみる。

仕事があって
住まいがあって
何にも不自由しない暮らし

行きたい場所へ出かけ
本を読んだり縫い物をしたり
好きなことのできる暮らし

一緒に泣いたり笑ったりできる
大好きな人たちのいる暮らし

嬉しいことだらけなのに…
これ以上の「何か」を望む自分。
欲張りだなぁ…。

少女パレアナ (角川文庫クラシックス)少女パレアナ (角川文庫クラシックス)
(1986/01)
エレナ・ポーター

商品詳細を見る

category: 読む

thread: のんびり本 - janre: 本・雑誌

tb: 0   cm: 2

願い。  

100817derRing


人は、なぜ心をすりへらすために、
言葉をつかうのですか。

なぜ、思い乱れて、嘆いて、
人は、自分を貧しくするのですか。

      
      長田弘「哲学の慰め」より



自分の中の満たされないものを
周囲ににぶつけていたあの人。

あの人の鋭い刃のような言葉が
今でも時折耳にこだまします。

あの人が胸にたたえていた
悲しみであふれた深く暗い泉。

近づくこともままならない泉に
ただ困惑するだけの日々でした。

最近風のうわさであの人がまた
孤独の中にいることを知りました。

泉は今どうなっているのでしょう。

あの人の泉に光がもたらされる日
を私はただ願うばかりです。

category: 雑記

tb: 0   cm: 0

ここ数日のこと。  

100816dieSee


ペルセウス流星群。

夜中に川の土手で
今までないくらいの
流れ星をみたこと。

雨の日のドライブ。

家鴨を眺めながらの
おいしいコーヒー。

清水が流れるまちの
やわらかく甘い水。

海の下を通る地下道の
涼しかったこと。

大雨の中ずぶ濡れで
走ってくれたやさしさ。

いろんな話をしたこと。


うれしい時間。

category: 雑記

thread: ひとりごとのようなもの - janre: 日記

tb: 0   cm: 0

せかい  

100812derWasse


ひとりひとりには
そのひとだけの
せかいがあって

そのせかいでは
みんないきいき
いきているのに

ほかのせかいを
みとめられない

みとめることが
まるでじぶんの
せかいのおわり
であるかのように


「あなたは自分を変えようとしない」


いっしょでないと
そんなにそんなに
いけないですか?

category: 雑記

thread: ひとりごとのようなもの - janre: 日記

tb: 0   cm: 2

贈りもの  

100723dieKarte

久しぶりに書いた手紙。

そして

数日後に届いた手紙。

幾度となく懐かしい字
を目で追いました。

あぁ…
ちゃんとつながっている…

と実感し嬉しくなりました。

手紙はお互いに心と心とを
言葉に託し贈りあっている
のかもしれませんね。

何より嬉しい贈りものです。

category: 雑記

thread: ひとりごとのようなもの - janre: 日記

tb: 0   cm: 0

簡素につつましく清らかに…  

100809dieBaracke


浜辺での生活で第一に覚えることは、
不必要なものを捨てるということである。
どれだけ少ないものでやって行けるかで、
どれだけ多くではない。
それは先ず身の回りのことから始まって、
不思議なことに、
それが他のことにも拡がって行く。



私はいろいろなことに就いて、
今までのように気を遣わなくなっている。
古くて色が剥げた、洗濯が利く着物を着て
いるのをなんとも思わなくて、
人がそれを見てどう考えるかということも
苦にならない。
自尊心というものに悩まされなくなった
のである。

アン・モロウ・リンドバーグ『海からの贈り物』より



ひとつひとつの言葉に胸を揺さぶられて
なかなか読み進められない本があります。

この『海からの贈り物』もその一冊です。

日常に埋もれがちな大切なことがらに
気づかされます。

簡素につつましく清らかに生きたい……


海からの贈物 (新潮文庫)海からの贈物 (新潮文庫)
(1967/07)
アン・モロウ・リンドバーグ

商品詳細を見る

category: 言葉

thread: 今日の言葉 - janre: 日記

tb: 0   cm: 0

幸せな瞬間  

100807derWasserfall

これまで
違う場所で
違うものを見て
違う空気を吸い

そんなふたりが

いま
同じ場所で
同じものを見て
同じ空気を吸い

こころが重なる

それはまるで
奇跡のような
幸せな瞬間です
-- 続きを読む --

category: 雑記

thread: ひとりごとのようなもの - janre: 日記

tb: 0   cm: 2

夏の日に。  

100806derHimmel


悪い時代が近づくときは、わかる。
モンテーニュの『エセー』を、
朝に夕に、たまらなく読みたくなるからだ。
医者の息子がいた。遠い昔の話だ。
医科を出たが、父の病院を継ぐことはなかった。
貧しい人たちのための下町の病院だったが、
そのとき、この国は、戦争に明け暮れていた。
医者の息子は戦争にゆき、消息を絶ち、
そして、この国は、戦争に敗れた。
敗戦後の、或る年、生き残った
息子の戦友が訪ねてきて、死者の
手紙を差しだした。「お別れです」にはじまる、
医者の息子の、父宛の、最後の短い手紙。
戦争で死んだ息子の、敗戦の後の二度目の死。
老いた医者は、死んだ息子の手紙を、
死んだ息子の椅子にすわって、読んだ。
そして、ふと、息子の机の引きだしをあけた。
一冊の本が、開かれたまま、そこにあった。
たった先刻まで、死んだ息子が、
そこで、その本を読んでいたようだった。
父は、息子が、読みさしにしていった
モンテーニュの『エセー』を、黙って閉じた。
有馬頼義『遺書配達人』に遺されている、
この国の、小さな人たちの、小さな物語だ。
「わたしの人生における主たる関心は、
―最後がみごとに運ばれること、
すなわち、静かに、こっそりと死んでいくこと」
悪い時代が、また、近づいているのか?
わたしは、いま、新しく訳された
モンテーニュの『エセー』をゆっくり読んでいる。

         長田弘「読みさしのモンテーニュ」


長田弘さんの詩集、
『幸いなるかな本を読む人』に
おさめられている詩です。

多くの人たちの人生が変えられて
しまったあの夏の日。
過去のこと…等と記憶から消して
しまうことなどできない出来事に、
私は一体何ができるのでしょう…。

今、ゆっくり思いを馳せています。


幸いなるかな本を読む人 詩集幸いなるかな本を読む人 詩集
(2008/07/25)
長田 弘

商品詳細を見る

category: 言葉

thread: 今日の言葉 - janre: 日記

tb: 0   cm: 0

  

100805derHimmel

空から降り注ぐまばゆい光

内側にあるものまですべて
見透かされてしまうようで

ちょっとこわくなるけれど

それでも私は光を浴びると
自分も輝けるような気がして

今日も光を求めにゆくのです

category: 雑記

thread: ひとりごとのようなもの - janre: 日記

tb: 0   cm: 0

ジョアン・ジルベルト 「声とギター」  

100803dasCafe


「これよりいいものと言ったら、沈黙しかない。
そして沈黙をも凌駕するのは、ジョアンだけだ。」



カエターノ・ヴェローゾの
「プラ・ニンゲン(誰のためでもなく)」
という曲の歌詞にある言葉。

これ以上の賛辞は
ほかにないと思います。

ボサ・ノヴァで一番好きな、
ジョアン・ジルベルト。

散々浮気をしたけれど、
最近ボサ・ノヴァに回帰。

好きということは、
少し離れてみなければ
きちんとわからないこと
なのかもしれません。

ジョアン 声とギタージョアン 声とギター
(2010/05/12)
ジョアン・ジルベルト

商品詳細を見る

category: 聴く

thread: おすすめ音楽♪ - janre: 音楽

tb: 0   cm: 0

しおサイダー  

100801dadGetrank

石川県の能登半島には、
砂浜に塩水を散布し天日や風で
水分を蒸発させて塩を作る、
揚浜式塩田という所があります。

その揚浜式塩田で作られた塩の
入った「しおサイダー」。

今日金沢の実家に行った折に、
お土産にともらってきました。

塩のおかげでしょうか、
さっぱりとしていて美味でした。


子どものころ、毎年夏休みは、
この能登半島にある祖父母の家で
過ごしました。

目の前に海の広がる田舎で、
祖父母は夏の間だけ
民宿を営んでいました。

海や畑、裏山で遊び、
たまに民宿の手伝いをしたり、
山へ椎茸を採りに連れて行って
もらったり、
小さな船で漁に連れて行って
もらったり…。

普段まちなかで生活している
私にとって、
祖父母の家で過ごした夏は、
不思議なこと楽しいこと続きの
特別のものでした。

そういえば、
しばらく行っていないなぁ…。

サイダーを飲んで思い出し、
ちょっと懐かしくなりました。

category: 雑記

thread: ひとりごとのようなもの - janre: 日記

tb: 0   cm: 2

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。