道草手帖

好きなものや日々の出来事をのんびりと綴っていきたいと思います

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私を束ねないで  

090812sky


私を束ねないで    
               新川和江

私を束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
たばねないでください 私は稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色の稲穂

わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽ばたき
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音

わたしを注がないで
日常性に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮 ふちのない水

わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風

わたしを区切らないで
,(コンマ)や.(ピリオド)いつくかの段落
そしておしまいに「さようなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩



親に対しては子どもとして、結婚相手
には夫や妻として、自分の子どもに
対しては親として。
学校では学生として、社会に出ると、
社会人として等々…。

生きていく上で、誰もが何らかの役割
を担います。


「~として」生きる。


その役割が幸せな時もあれば、
時にそれが、自らの足かせのように
重くのしかかることもあるような気が
します。


「~として」を忘れることはできない
かもしれませんが、心はいつも空を
渡る風のように自由であってほしい
と思います。
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category: 言葉

thread: 今日の言葉 - janre: 日記

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コメント

懐かしいです。

この詩は昨年の私が中学3年のときの教科書に載っていました。
私はこの詩が好きでした。
比喩表現が独特ですよね。
「日常性に薄められた牛乳のように」なんて特に。

今の私は束ねられたくないので、ふとこの詩をちょうど思い出していました。
コンクールの自由曲も新川和江さん作詞ですし。

URL | 星野 空 #-
2009/08/14 22:41 | edit

星野 空さんへ

星野 空さんのお好きな詩なのですね。
ちょうど思い出していらしたと知り、
とても嬉しくなりました♪

確かに、この詩の比喩表現は見事だと
思います。
読んでいると、頭の中に様々なことが
呼び起こされます。

束ねられるって、いい時もあれば、
困る時もあると思うのです。

自分というものがあって束ねられる
ならいいのかもしれませんが、
自分がない状態で束ねられると
そこに埋没して自分が見えなくなって
しまうおそれがあるような気がします。

つねに、自分らしくということですよね。

合唱 コンクール、応援しています。

URL | noco #-
2009/08/15 09:16 | edit

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