道草手帖

好きなものや日々の出来事をのんびりと綴っていきたいと思います

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毛玉  

101121derSweater

セーターの毛玉を取り除く小さな機械がある。
あれはいかん。
「毛玉だらけのセーターなんて貧乏くさい」
「かっこわるい」。
そんな風に言う人、思う人はいるだろうが、
それは本当のセーターがどんなものか知らない人だ。
本当のセーターとは、まじりけの無い羊毛で作った
毛糸を使い、着る人のことを想いながら、
ていねいに編み込まれた芸術品だ。



毛玉、毛玉と書いていたら、こんなことを思った。
人の心にもそんな毛玉のようなものが出来ている
かもしれない。
毛玉というのは何かと何かがこすれて、
こすられることでケバ立ちが丸められ、木の実のように
そこにぶらさがっている。
そうしていつの間にか落っこちる。
日常生活で、心は嬉しいこと、悲しいこと、苦しいこと
など、いろんなこととこすられているはずだ。
その度に、心のまわりには小さくて丸い毛玉が出来ている
のかもしれない。
自分の心が毛玉だらけと考えてみたら、ちょっと嬉しい
気持ちになってくる。
心が毛糸で作られると考えれば、毛玉だらけの心は、
良い毛糸で編まれているということだ。

松浦弥太郎 『くちぶえカタログ』より



寒くなると思い出すのが、
松浦弥太郎さんのこの言葉。

これを読んだときから、
セーターの毛玉も心の毛玉も
愛しく感じるようになりました。

写真のベストは数年前に
母が編んでくれたものです。
何度も袖を通し、いい風合い。
味のある毛玉もできています。
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category: 言葉

thread: 今日の言葉 - janre: 日記

tb: 0   cm: 6

コメント

nocoさん、こんにちは^^
こちらに伺ってびっくりしました。
私が、今書いたものとちょっとリンクしてるようで(笑)
あ~とてもいいお話ですね^^
そんなふうに考えると、いろんなことで
こころがかさついたり、傷ついたりしても
素敵なことのように思えますね^^
毛玉はいいことなんだ!
お母様編み物がお上手なんですね
柔らかくてあったかそうなベストですね^^
あっ♪nocoさん、リンクいただいて帰りますね。
どうぞよろしくです^^

URL | りーふ #-
2010/11/21 15:34 | edit

こんばんは。

あぁそうなのか、と思いました。
すっかり毛玉を取ってしまって、うわべだけ綺麗にしていても
中身が空っぽだったら意味が無い。味が無ければつまらない。
自分の事を言われているようで、ドキッとしました。
毛玉ができていて当たり前。どんな良い毛糸にだって、毛玉
はできるんですよね。
良い毛糸にはなれなくても、良い毛玉をいっぱい作ろう。
そう思います(^-^)

URL | ちいさいこ #-
2010/11/21 23:41 | edit

りーふさんへ

おはようございます、りーふさん。

りーふさんが書かれたものとリンクしていたとのこと、
奇遇ですね(*'-'*)
色々なことがあって、いつもうまく対処できない自分がいて、
それを嘆いて…そんなことの繰り返しだった私。
この松浦さんの文章を最初に読んだとき、心がぽかぽかし、
すごく励まされました。
「あぁ…こんな私でも大丈夫かも…」と思えたり。

母はここ数年誕生日に編み物の贈りものをくれます。
手づくりのものは既製品にはないあたたかさがありますよね。
母がきいたら喜ぶと思います。ありがとうございますn(_ _)n

リンクの件、喜んで♪
早速こちらのブログでも貼らせていただきますね。
ことらこそ、今後ともどうぞよろしくおねがいします。

URL | noco #-
2010/11/22 08:10 | edit

ちいさいこさんへ

ちいさいこさん、おはようございます。

> すっかり毛玉を取ってしまって、うわべだけ綺麗にしていても
> 中身が空っぽだったら意味が無い。味が無ければつまらない。

ちいさいこさんのコメントにいたく納得してしまいました。
本当におっしゃる通りですね。

自分にとって面倒なことから目を背けようとしてしまいます。
それはまるで心に毛玉ができるのを避けるかのようです。
でも、そういう生き方は不自然なのかもしれません。

そんなことを考えると、
不器用でいつもどこかにぶつかってばかりいるような自分でも
いいかなと思えるようになってきます。

お互いに良い毛玉がたくさんできるといいですね。

URL | noco #-
2010/11/22 08:20 | edit

なるほど

何だか、毛玉が愛しくなりました。
私が編んだセーターたちはよく毛玉ができます。
セーターは、着込んでいるうちに一目一目がお互いに
くっついたり撚れたりしながら、着ている人になじんでいくんですよね。
そして、毛玉もその過程で出来上がっていく。
心が毛糸で作られているって素敵。
こういうふうに考えられたら、人を許すのも自分を許すのも
簡単にできるかもしれません。

URL | みづきうさぎ #-
2010/11/22 22:35 | edit

みづきうさぎさんへ

みづきうさぎさん、おはようございます♪

> セーターは、着込んでいるうちに一目一目がお互いに
> くっついたり撚れたりしながら、着ている人になじんでいくんですよね。
> そして、毛玉もその過程で出来上がっていく。

松浦さんのこの文章の前には、
みづきうさぎさんがおっしゃっているようなことが書かれているのですよ。

毛玉が沢山ついたセーターは、
脱ぐと着ていた人の身体のかたちをちていて平べったくない。
そういうセーターを着ている人は信用できる。
どんなものでも大事にしているのに違いないからだ。


日常の人との摩擦の中で、
悲しいかな、誰もが毛玉ができるのではないのかもしれません。
でも、毛玉ができるのはそれだけ痛みを感じられる心を持っている
(=いい毛糸でできた心)からなのだと思います。
心が毛糸でできているというのは、素敵な表現ですよね。

> こういうふうに考えられたら、人を許すのも自分を許すのも
> 簡単にできるかもしれません。

ほんとうにそうですよね。
心が少し軽くなりますよね。

URL | noco #-
2010/11/23 09:41 | edit

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